2003年 12月
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12月30日(火)
あんなに降った雪もすっかり吹き飛ばされて、積雪はさほどでもない。気温も0度と暖かい。しかしお天気はかんばしくなく、低気圧の曇り空の中、出発。風は相変わらず強く、雪が噴煙となって道路に渦巻いている。ミーヴァトン湖からアクレイリまでは長い下り坂。慎重に運転。必要以上に低速で走る。何とか山道をクリアーして平地を走る。本日の宿泊地スタダスカーリにあと少しというところで事故は起きた。気のゆるみだったのか、二股の道のところで急にハンドルをきってしまった。ああっ! ハンドルは制御出来ず、右側は谷、左も少しへこんだ窪地。がががーっ! ドッキャーン。左側の窪地につっこんで命は助かった。しかし車内のカメラが右後頭部を直撃。左腕もドアにぶつかったらしく痛い。助手席の竹内は何事もなかったらしいが、後部席の阿南がうめいていた。すぐに通りがかりの人がドアを開けてくれて「大丈夫か」「助けて!」車は左にかなり傾いていて1人では出られない。引っ張り出してもらう。車のダメージは大きいがエアバックは出なかった。パトカーに送ってもらってホテルへ。
12月28日(日)
アイスランド北部ミーヴァトン湖にやってきた。途中の山岳道路の運転は大緊張大会だ。スリップしたらもうアウト! スパイクタイヤを信じて、、、、行くしかありません。途中真っ白なだけで何もみえないところもあり、まるで車が白い空中を浮いて居るような錯覚におちいる。寒いのに汗びっしょり。気温はどんどん下がり、湖のほとりはマイナス20度。ホテルに着いて夕食を、と思ったらオーロラ出現。東西に大きく弧を描いて、うっすらとほの青く、時々フレアーをなびかせてくれた。夜中は満点の星空。次の朝10時半の気温マイナス25度。すべてが凍てついている中を出発。午前中、明け方の光の中、きょうはついに太陽は出ず、お昼を食べたらもう夕方の風景に変貌していた。2日目のミーヴァトン湖は「冬の嵐」一晩中風が吠えまくっていた。
12月26日(金)スタダスカーリにて
アイスランドでは朝10時頃やっと少し明るくなる。午前11時半ごろ朝日らしきものが顔を出す。12時を廻り、お昼の食事をして顔を上げると夕日になる。1時すぎたらもう日没。レイキャビックから北へ走って来た。途中マイナス15度のところもあったが比較的寒さはきつくない感じだ。素晴らしいお天気に恵まれ、見たことのない美しい風景が展開していく。一転して時々吹雪にも見舞われるが、トヨタのランクル、スパイクタイヤ使用なので平均70〜80キロ走行。でも地元車はばんばん抜いていく。早めの夕食を終えて、久々に本格的に眠っていたら「オイ!出てるぞ!!」ホテルの廊下のドアから雪原に飛び出し、午前2時、待ちに待ったオーロラ出現。ブルー系の白い帯が長く、空を舞っている。まずは品のよいショー、序章。

12月25日(木)
午前4時、二日酔いの頭で起床。とにかく旅の準備をせねば、、、。といっても身の回りの衣類に防寒具を丸めて、洗面具に化粧道具。毎日かかせない漢方薬にビタミン類、必須サプリメントなどなど。それに昔オーストリーのチロルの山奥で買ったスノーブーツを入れた。これで完璧! ではないにしても、何か必要なものは現地で購入すればよい、という主義。今回、竹内の撮影取材の同行アシスタントはチーフの阿南。9時に迎えに来て出発、成田へ。荷物は撮影機材と昼食のカップ麺などの食料品あわせて10個。3人の冬季の取材荷物にしては少ない。成田発12時45分。SK984便コペンハーゲン行き。4時間近くの待ち合わせでアイスランド、レイキャビック到着は同日22時20分。

12月24日(水)
明日からのアイスランド行きの準備をしようと思い立っても、普段、どっちらかっているものを片づけたり、洗濯したりで時間がどんどんたってしまう。夜は、どうにもいつも多忙で予定がとれない竹内と来年、再来年のさまざまな企画についての話し合いを持つ。玉木宏樹氏がらみもあるので、玉木氏も誘う。「原稿書きで時間ないけど、、、」「ちょっとだから〜」、、、3人で青山のおいしいお店で落ち合う。食べるほどに飲むほどに3人とも、大いに盛り上がり、話題は尽きない。舌好調の玉木氏を送って、酔っぱらいが家に帰ったのは11時をまわっていた。もう、旅支度なんかどうでもいい!! おやすみー!

12月23日(火)天皇誕生日で休日
箏曲美音会・三曲合奏研究会。1年に2回行われている尺八の方々からのリクエストに応じて、古典曲をカットなしで全曲演奏するという勉強会。毎回15曲前後が夕方までたっぷり演奏される。母、美渓と私は7〜8曲、終わってからは忘年会。尺八の叔父様がたと一緒に飲みつつ「昭子先生はあれだけいい声で歌うのだから、きっとカラオケもいけるでしょう」と危うく2次会に誘われるところだった。実は私は大のカラオケぎらい。きらいというよりも全く唄を知らないし、歌えないので苦手なのである。残念ながらというかこれ幸いというか。

12月21日(日)
現代邦楽研究所第9期「コンサート&講評会」。毎年行われている研究科生を中心としたコンサートで、終わってから先生方の講評が聞きもの。現邦研では本科1年は基礎的な音楽上のさまざまなことを学び、本科2年では多種にわたる日本音楽の専門分野を、プロの演奏家の実演を交えての講義を受ける。研究科になると実技を本格的に取り組んで学ぶ。それまでクラス単位のアンサンブル演奏だったのを、少人数のアンサンブルに挑戦していく。それぞれ個人のレベルアップと共に本格的なアンサンブルの神髄を学ぶ。本日の演奏も皆、確実に成長はしていることがうかがえる。しかし厳しい先生方の講評でさらにその上をめざすだろう。みんなのお手本になるように、前年度のビクター邦楽技能者育英賞の受賞者・吉原佐知子の演奏も最後に行われた。

12月18日(木)
成城学園の駅前にある小料理屋「藤」に出かけた。とにかくおいしい料理を出してくれるので、遠いけどいつも行きたいと思っている店である。朝からあわただしくて、ついつい車で来てしまった。「それじゃあ、飲めないじゃないですか!」この店のお嫁さんという立場の山本普乃(現邦研第一期生、現在三味線の講師)が残念そうにいう。でもこのところ連日、飲み過ぎているので、今日は飲まないぞー! の意志は固い。初物の三陸の生牡蠣、いいですね〜。次から次へと出てくるお皿の、小鉢の、おいしいこと!。遠いいけど来てよかった。7時過ぎには吉原佐知子?邦研第一期生、途中、芸大へ。卒業後研究科へ再起。現在講師)が合流。にぎやかに大いに食べまくる。かっこいい板前さんの、普乃のダンナに見送られて、新宿へ、、、。久々にそろったアキコ、コアキコ、ココアキコ、のおしゃべりは深夜に及んだ。

12月16日(火)
川崎市溝の口にある洗足学園音楽大学へ出向く。岡田知之氏と来年、同大学80周年イベントの打合せのためである。岡田氏は打楽器奏者でしかも打楽器アンサンブルを育ててきた方。今はここ洗足学園音大で学部長を務めている。2004年10月5日、そのイベントは行われる。ゲストは太鼓の林英哲、民謡の伊藤太喜雄、そして三味線の私である。
私は岡田さんの打楽器グループと演奏したことがあるので、打楽器アンサンブルと三味線の曲を提案してみる。そのほかに2005年からスタートさせたいという同大学の邦楽コースの構想を、同大学理事の方からお聞きした。私に出来ることは致しますとお約束した。帰路、大渋滞の中、大学での邦楽教育のあり方について様々に思いをめぐらせた。

12月15日(月)
NHK-FM「邦楽のひととき」お正月用の放送録音。久々に母(西潟美渓・山田流箏曲家)の録音の手伝いで山田流箏曲・今井慶松作曲「鶴寿千歳」。
三絃:西潟美渓、唄:西潟昭子、鈴木彰子、箏:亀山香能。
芸大で1年先輩だった鈴木さんと2年後輩だった亀山さんに助演をお願いした。放送日は来年2004年1月5日。この曲は三絃が活躍する派手でおめでたい曲だが、84歳になる母は気持ちよく鮮やかに弾いた。私が84歳になった時にこのように弾けるかどうか自信はない。日頃の精進が違うと思うからだ。今だって危ないものだ。録音が終わって東京湾ウオーターフロントのホテルのイタリアンで母とディナー。私は今晩はホテルで宿泊。東京湾を眺めながらゆったり気分。母は次の日の稽古が朝からあるから、とそのまま帰った。このように違う親子なのだ。

12月13日(日)
作曲家・佐藤聰明氏と青山で食事をする。久しぶりなので話がつきない。佐藤氏は2回目のリサイタルに三味線の曲を委嘱してからの付き合い。25年以上になるだろう。その間に「沈黙」三味線3重奏。「究極の旅」三味線、2箏、4尺八。「羅らん幻声」声明、三絃。「水鏡」三絃ソロ。と比較的多くの三絃曲を書いていただいている。また海外も一緒に出会うことが多い方だ。タイ・バンコック、韓国・ソウル、ロンドン、ニューヨーク会えば夜中まで飲むことになる、お酒大好きな作曲家の一人である。今夜は「飲むほどに若くなるね〜」とお世辞なんか言ってくれて、それだけ歳をとったということなので、、、あまり嬉しくはないね。

12月11日(木)
現代三味線音楽協会の事務局会議。3ヶ月に一度くらい、三味協の事務局を支えているスタッフが集まって、情報交換したり作業確認をしたりすることになった。ほとんどボランティア。今回はいままでなかった三味協のホームページが森博明さんの奮闘によって立ち上がったこと。来年3月7日の日本現代音楽協会と共催する「三味線フェスタ」、10月3日「青少年のための楽しい三味線音楽」、理事会、総会の日時の設定などいろいろとある。今年行った一大イベント「三味線フェスティバル」の教訓をいかして、ちょっとのことでは驚かなくなった。NPO法人になったので大いに助成金を獲得して活動に生かせればいいと、一同張り切っている。今日は昼間だったけど、次回は夕方からにして終わったら皆で飲もう!と、このてのことはすぐに決まる。

12月9日(火)
日暮里の邦楽専門ライブハウス「和音」で私の2回目のライブ。昨年から邦楽器の作曲に意欲的に取り組んでくれている玉木宏樹氏の作品集「オリムポスの饗宴」。少し寒くなったけどお天気もよく、たくさんのお客様が来てくださった。中に永六輔さんの顔も見えて嬉しかった。お客様の息を感じながらおしゃべりし、演奏することの楽しさが少しわかってきた。今回のメインゲストは石垣清美さん、十七絃の音が素晴らしい。お客様の中からもお話に参加していただく。日本では「猫踏んじゃった」の曲が、もとは「ノミのワルツ」だそうで、国によって「豚」だったり「チョコレート」だったり「カツレツ」だったりって「猫ふんじゃった」研究の宮本ルミ子さんがお話して下さった。30年来の友人中島教之氏にも登場してもらい、山頭火のことを色々と聞いた。久々に会ったのでおしゃべりも長引いて、若かった頃の私の悪事がばれそうになった。永さんからは「山頭火」の句は自由律、いわば純正律だって、なるほどね。そして亡くなった俳優の渥美清さんは本当は最後に「寅さん」ではなく「山頭火」を演じたかった。というお話をしてくださった。渥美清さんのしぐれていく後ろ姿を見てみたかったなあ。

12月6日(土)
純正律、恒例の「土曜のお茶会」。西麻布のフレンズというカフェで玉木宏樹氏が定期的に行っているミニコンサート。今年1年を振り返って色々とお話をしながらヴァイオリンを聴かせてくれた。私は「いちめんの菜の花」(箏・野澤佐保子)、「TANGO-AKIKO 」(ヴァイオリンとの二重奏)、「猫ふんじゃった」(玉木氏が三味線も弾いて三味線二重奏)の3曲を演奏した。最近、玉木氏が凝っているサプリメント関係のお客さんが多く、終わってからも話がはずんだ。それにしてもどうして玉木氏は練習もせずにあんないい音でヴァイオリンがうまく弾けるのかしら、、、、。

12月5日(金)
紀尾井シンフォニエッタの定期演奏会。チェリストで指揮者のマリオ ブルネロが素晴らしい演奏を聴かせてくれた。しなやかな体の動きと音楽が一体となってホールに満ちた。チェロの音もいい。今までに聴いたことがない音。どこまでも澄んでぬけるような青空の音だ。私のお目当てはジョヴァンニ ソッリマの曲。CDを聴いてひと目(耳?)惚れした曲「二つのチェロのためのバラード」やっぱりいいなあ〜。実はソッリマには三味線の曲を書いてもらいたいと思っている。引き受けてくれればの話だが、、、、。

12月3日(水)
赤坂コロムビアスタジオでマスタリング。今年3月〜4月にかけて録音した玉木宏樹邦楽器作品群がやっと来年2月にCD発売されることになった。事前に何度も何度も音源を聴いて曲順を決めていたからもう迷いはない。CDタイトルも最初のイメージ通り「いちめんの菜の花」とした。録音からしばらく時間が経っているのでどの曲も客観性をもって聴ける。マスタリングが終わって、コピーのCD-Rを車の中で聴いてみる。
演奏はいろいろと反省点はあるけど思い通りのCDになって、なんだか胸にジ〜ンときてウルウル。嬉しくてこのまま帰るのはチョット惜しい、、、、祝杯をあげたくなった。原稿書きで忙しいと言って先に帰った玉木氏に電話。感謝の気持ちを伝えつつ、乾杯に誘った。