2004年 3月
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3月31日(水)
4月8日の「菜の花」コンサートの初リハーサル。作曲の玉木宏樹氏立ち会いで午後3時半から夜9時半まで行われた。どれもこれも気力と体力がいるので、エネルギーの配分が難しい。それにどの作品も曲想が違うので、切り替えもなかなか大変なのである。8時過ぎたら玉木氏、「明日、早いから・・・」と帰ってしまった。大好きな目白の広島焼きお好み焼き屋へ行くらしいぞ。目白に来たときのお楽しみ定番なのだ。リハーサル終わって電話したら「なんか変わってしまって、ちっとも美味しくないので、もう帰る!」と怒っていた。
佐知子と久々にワインの店「のみの市」へ。本日、TAスタッフとして最後となる阿南と事務所のアシスタントを引き連れ、竹内が合流。阿南君、3年間お疲れさまでした!
3月30日(火)
朝8時出発。新宿から小田急線で成城学園へ。昨日、置いてきてしまった車を取りにいく。車窓からの眺めは、東京の桜満開。10時、洗足学園音楽大学の前田理事長(学長でもある)と初めて会談。来年からスタートする現代邦楽コースについてのお話をする。情熱的な大学経営者でもあり、頼もしいかぎりだ。岡田学部長、万代理事のお口添えもあって、すぐに邦楽のための広い教室も決めて下さった。これから1年かけて準備をしていくことになるが、カリキュラムをどうするか等々、、、構想は膨らむ。
3月29日(月)
午前11時、川崎・溝の口の洗足学園音楽大学に到着。今日は洗足学園主催で、学校の教師を対象とした邦楽器ワークショップ。現邦研の若手講師総出でサポーターを務めてもらう。ビクター財団からお借りした楽器(箏20面、三味線20挺)の準備とデモンストレーションの打ち合わせ。お昼は教職員用の食堂で豪華な昼食。栄養がついて、これで頑張れそうだ。午後1時開始。洗足学園学部長・岡田知之先生のご挨拶でスタート。手拍子で始まり、各楽器のデモンストレーション。楽器別に分かれて、簡単な奏法と音楽創りをし、グループ別で発表を行う。見学にいらしていた音楽教育の坪能由紀子先生に評価をしていただき無事終了。皆、ワークショップサポーターとして着実に成長している。
帰りは成城学園の山本普乃のダンナのお店「藤」へ。今日のネタはまた、とびっきりおいしい。またまた飲んで車は置いていくことに、、、。私よりマッチャンこと松本京子がはじけていた。

3月27日(土)
現邦研第9期修了コンサート。午前8時30分古谷美容院へ。古谷先生は実に手際よく、あっというまに形よくブローしてくださる。(先日パーマをかけた時にも、ロットを巻く手がまるで手品師のように素早く動く。若いときによくコンクール荒らしをしたらしい。)お陰で9時半には芝・abc会館に到着。10時ゲネプロ開始。プログラム演奏曲順に進む。音響、照明ともホールスタッフが慣れているし、お箏やさんの高橋良知さんのテキパキとしたセッティングで時間より早く進行。ゲネプロ終了時に記念撮影。本番はいつもの森重行敏先生の解りやすい解説付きで進行。お客さまもたくさん来てくださって盛会裡に終演。
夜7時から郵便貯金会館で謝恩会。各講師の挨拶に続き、第9期修了証の授与。今年1年頑張って勉強した研究科2年の藤田智子にはビクター財団からニッパー賞(ビクター伝統文化財団邦楽技能者育英賞)賞金20万円とかわいいニッパー君の置物が送られた。藤田智子は丸3年間三重県から毎週通ってきたのだ。本当にお疲れさまでした。そしておめでとう!
このところ忙しくて話する暇がなかったビクター財団理事長の藤本草氏を捕まえて、芝・プリンスホテルのバーで密談(といっても大したことではない。いくつかの相談事と四方山話)。そろそろ夜桜も見頃になってきた春の宵、値千金。
3月25日(木)
午前中、久々に買い物。いつも行く池袋西武のISSEY MIYAKEへ。ずうっと以前に頼んでおいたズボンの裾直しが出来上がっていた。新作の黒がらTシャツと黄色のバッグ(ちょっと未来的感覚)が気に入って買ってしまった。帰りに雑司ヶ谷の蕎麦屋「和むら」に寄って、香りのよい季節ものの桜切りのおそばをいただく。おいしくてペロリ。どうも最近よく食べるのでちょっと肥満傾向。せっかく手に入れた形のよいズボンが入らなくなるぞー。午後はひたすらパート譜作成と猛練習。でも残念ながら痩せない・・・。
3月23日(火)
午前9時30分、国立国際医療センター、脳神経外科、近藤達也先生の2ヶ月に一度の定期検診。竹内の血圧が少々高いが、あまり気にしないでよいとのこと。人間にはそれぞれ持っている自然治癒力があるので、あまり無理に薬でコントロールしないほうがよいそうだ。食べ物も食べ過ぎなければ何を食べても大丈夫、ほどほどがいい。睡眠さえ充分であれば充分生きていけるらしい。ホントにそうだなあ〜って、妙に納得して帰る。
午後は玉木宏樹氏の新作「三重奏(箏、十七絃、三味線)」の初練習に立ちあう。まさにガムランのようで、おもしろい!でも難しそう。若さで頑張れー。
夜は福永千恵子さんと「畝土奈(セドナ)」の練習。こちらは少々大人のムード。練習終わって、乃木坂の和風割烹でごちそうになる。お酒を飲んでしまったので車と三味線はアシスタントに取りに来てもらい、タクシーで帰宅。ごめんなさ〜い
3月22日(月)
午後1時30分、 NHK509スタジオにて。4月12日放送「邦楽のひととき」山田流箏曲・山田検校作曲「桜狩」の録音。唄と箏:西潟昭子、橋本芳子。三絃:山本普乃。朝から喉がなんとなくいがらっぽい。どうして唄を歌う本番の日って喉の調子がおかしくなるのだろう。不思議だ。特に風邪をひいているのでもないのに、声が嗄れて気になる。まさしく神経的なものだ。特効薬の漢方薬を切らしていてピンチ!
全曲マイクテストとして一回通して本番。緊張しているせいか、声がのびない気がする。我ながら意気地なしめ!「桜狩」の華麗で美しい旋律はあでやかで、品格がある。合の手は桜の花の散る様と、滝の落ちる水音を表していると言われているが、その雰囲気がどこまで表現できただろうか、、、、放送が気になるところだ。
3月21日(日)
現邦研第9期修了コンサートまであと1週間もない。今日は午後1時から総リハーサル。朝から何となくあわただしく、練習に集まっている様子。(今日に至るまでに練習をつんでいて欲しいのにねえ~。それとも最後の踏ん張りか)。最近はめっきり個々の自主練習が減っているように思う。昔は、、、といっても1期や2期のころだが、、、、修了コンサートの直前は毎晩のように集まって来ては、練習を聴かされていた。そして練習が終わったら必ず目白界隈で、夜中まで皆で飲んだ。アルコール過多の頭の中では、その時に演奏する曲がいつまでもグルグルまわっていた。残念ながら今では滅多に研究生と飲み行くことはない。こちらが年齢をとったからかもしれないが、、、。そういうときの話題は単に飲んべえの繰り言ではなかったように思う。これからどう生きていくか、悩みを聞いたり、愚痴を聞かされたり等々、その中から育ってきた若手演奏家たちが今、活躍している。
3月20日(土)
修了コンサートの杵屋正邦作曲・三味線合奏曲「春の讃歌」、沢井忠夫作曲・箏合奏曲「連なる」の最終リハーサル。どちらも調弦がバチっと合わないとね〜。同属楽器の合奏は音の重なり方によって、独特の音色が生み出されるところが面白い。そこに意識がいくと弾き方も合わせ方も工夫されて、よくなるはずなのだが、、、、まだまだ、ただ夢中で弾いている人も多い。音の重なり感や音色感をもっと楽しもうよね、みんな! リハーサル中、自宅では、新しいパソコンの設定に杉本伸陽さんが来てくださって、ご苦労をおかけしていた。杉本氏はヴァイオリン奏者だけどパソコンを駆使して、楽譜などの制作をしている、パソコンマン。お陰様でやっと新しいPower MAC G-4が使えるようになりました。、お世話様でした。夜、少々疲労困憊の中、NHK録音、古典「桜狩」の練習。古典の世界に集中できずうまくいかない。明日は一日中修了コンサートの総練習だし、、、、ああ、明後日の本番、どうなるのだろう、、、不安。
3月19日(金)
現代三味線音楽協会理事会並びに総会。1996年に設立された協会も昨年、NPO法人に認定され、新しく様変わりしてきた。事務局スタッフもほとんどボランティアで数人が仕事を分担してがんばっている。本日は理事全員出席。総会は人数少なくちょっと寂しい。委任状でなんとか総会成立。昨年の事業決算報告や今年度の事業予定などを検討する。今年は10月3日に代々木のオリンピックセンター小ホールで「青少年のための楽しい三味線コンサート」を計画。各理事から費用がかからないように予算を見直すよう指令がでた。う〜ん助成金出ないと、またお金集めに苦労しなければならない。だれかスポンサーいませんかあ〜!終わって懇親会。森博明氏ご推薦の新宿高層ビル52階のクラブへ。お疲れさま〜乾杯! ワインがおいしかった!!
3月18日(木)
午後、野沢徹也と上原潤之介が来て、エレクトリック三味線の使用方法を三味線かとうさんの山口さんにレクチャーしてもらう。4月8日の「菜の花」コンサートで「ジャワリ」をエレキで弾くためだ。このエレクトリック三味線は単に音を増幅するだけでなく、限りなく自分の好みの音に、イコライザー等を操作して創れる優れもの。上原は興味津々で嬉しそうだが、野沢はちょっと苦手な風情。二人の個性の違いもでて、今度の「ジャワリ」きっと面白くなるだろう。エレキ三味線を開発した三味線かとうさんが、最近造り始めた、新ネジ式三味線(特許)が出来上がってきた。今まで糸巻きの操作で苦労していた初心者にとっては朗報。ありがたい代物になるだろう。しかしもっと安価で製造できるといい。これからはこの新ネジ式が当たり前になるだろうなあ。ぜひ学校などで使われる普及品を早く製造してほしいものだ。
3月17日(水)
乃木坂の福永千恵子さんの稽古場で玉木宏樹作曲の新作「三味線・箏二重奏」の初練習。三味線パートは中音域が多く、今まで多用された高音域のカンドコロ(ポジション)に悩まされることはない。2章に分かれていて、箏も三味線もそれぞれ調弦が大幅に変わる。すがすがしい、さわやかな感じの曲?、、、かな。題名をどうするか、ということで、たまたま昨日NASAから発表された新発見の惑星「セドナはどう?」って言ってみたら、「それでいいよ」ということで決まり。漢字の当て字は「瀬戸奈」。これではなんとなくどこかにあるカニ料理店みたいだ。それじゃあ「瀬戸那」にすればって。曲名にこだわる作曲家が多い中、玉木氏はあまりタイトルには凝らないようだ。後日「畝土奈」がよいのではと提案したら、またまた巨匠曰く「それでいいよ」。夕方はNHKの古典録音「桜狩」の練習。夜は修了コンサートの長澤勝俊作曲「ともしび三章」、杵屋正邦作曲「尺八四重奏」の練習に立ち会う。この「四重奏」は十七絃が入って編成も変わっていておもしろい。「ともしび」はもろ長澤節で楽しめる。しかし欠席者多く、次回に期待。
3月15日(月)芝・abc会館ホールで
3月27日に行われる修了コンサートの打ち合わせ。冒頭、来年9月でこのホールも閉館になるとのこと。ああ、どこもかしこも、邦楽演奏会に相応しいホールがなくなってしまう。残念だ。ホールスタッフは毎年のことで慣れたもので、打ち合わせはすぐに終了。ついでに4月8日の「菜の花」コンサートのほうも済ませてしまう。純正律会の玉木宏樹氏が総監督、フランス帰りの黒木朋興氏が舞台監督。二人ともあとから合流。
終わって西麻布の玉木事務所アルキへ。夜は今までアルキに5年間務めた田村さんが辞める為、歓送会。そして黒木氏と事務所の新スタッフになる女性の歓迎会を兼ねる。西麻布「よしなに」で純正律のメンバーなど9名が集まり、賑やかに飲む。珍しく大将の玉木氏が幼少からの生い立ちを語り、ヴァイオリン奏者で、作曲家たるゆえんを聞く。そしてなぜ純正律か。へえ〜、へえ〜っ。
3月13日(土)
午前中、1年に1回行われるマンション管理組合の総会。といっても3所帯しか所有者がいないので、いつも持ち回りで理事長、副理事長、監事を分けて担当する。日頃の不備な点や管理費の年間必要経費や予算について討議。この現邦研のスタジオがあるマンションはバブル崩壊の年に出来上がり、建築年数14年目。さまざまな箇所で故障が起きてきているので、修繕費が結構かかることが問題。 午後は修了コンサートで弾く杵屋正邦作曲・三味線合奏曲「春の讃歌」の練習に参加。中音2部と高音(上調子)と低音の四重奏。私は低音三味線を担当。太棹でできている低音三味線を久しぶりに弾けるのでなんだか嬉しい。ベンベン、ビビビン・・・いやあ〜楽しいですね。すっかり暖かく春らしくなって、桜も来週に咲きそうだ。お花見には早いけど、夜はちょっと飲み過ぎた。
3月11日(木)
病院の定期検診。このところ日々快調に過ごしてはいるが、睡眠剤がしっくりあわないことを訴える。かなり重症の不眠症なので、いろいろと眠剤を変えてみるのだが、改善されない。昨日などはなんと、あの新車RX-8をガードレールにぶつけてしまった! ちょっと頭がぼーっとしていたところへ、前のトラックが急に停止したためだが・・・・。まあ、理由はともかく頭がすっきりしてなかったことは事実だ。もしかしたら一昨日の波動何チャラが影響したのかしら・・・・。ともかく眠剤はシンプルなものにしてもらった。 夜は現邦研、修了コンサートの「創作」の練習に立ち会う。今年のテーマは八橋検校の「六段」。それに八橋と同時代、ヨーロッパで流行っていたアントニオ・ボノンチーノの「スタバトマーテル」を絡ませる趣向。発想はとてもおもしろいと思うのだが、それをどう調理するか、苦戦している。3月27日の本番の仕上がりが楽しみだ。
3月9日(火)
2月はじめに発売されたCD「いちめんの菜の花」の評判がすこぶるいい。元ビクターレコードにいらした音響の太田一穂氏から、オーディオマガジンにその音の良さについて書きたいので、と取材依頼があった。そこで本日、我がTAスタジオに玉木宏樹氏にも来ていただいてインタビューを受けることになった。フランスのプロヴァンスから帰ったばかりという純正律音楽研究会の黒木氏も加わり、3人で太田さんから、不思議な波動マスターとか、波動転写器「エネピッコ」とかいう、一見わけのわからないお話を聞く。そうこうしているうちに話は三味線の音響装置「さわり」の話や、太棹、細棹三味線の音色の違いなどのことになり、太田さん、邦楽器にえらく興味をそそられて感心して帰っていった。私は少々エネルギーを吸い取られたような、妙な気分だ。でもオーディオ雑誌でCD「いちめんの菜の花」を宣伝して下さるので、有り難うございます。
3月8日(月)
昨日の疲れをとるべく午前中はプールへ。やっぱり水のあるところは気分がいい、ストレス解消。午後は女子聖学院(中学、高校)時代の親友ミヤコに久々に会う。相変わらずの舌足らずの口調で愉快だ。でも本人は決してふざけているのでも、ブリッコしているのでもない。大まじめ。昨年末からちょっと身体が不調だというので、大岡山の平和堂・漢方薬の根本先生のところに強引に連行する。新しい愛車RX-8に乗せてあげるから、と騙して拉致した。先生から「この性格なら大丈夫!」と言われて、私も一安心。同い歳でまだ病気でポシャっては困るのだ。兎に角いろんなことをよ〜く覚えていて、私の青春時代を思い出させてくれる貴重な存在。困った時はいつも、いろいろと力になってくれる親友を、国立にあるご主人のお花屋さん「フラワーペコ(ミヤコの愛称、そういえば不二家のペコちゃんに似てるよ)」へ送っていく。春らしいお花をたくさんいただいた。
3月7日(日)快晴
日本現代音楽協会主催、現代三味線音楽協会共催「三味線フェスタ」。会場の日本橋劇場に10時到着。ステージではすでにサウンドチェックが始まっていた。制作担当の松尾祐孝氏とほとんど全12曲のリハーサルに立ち会う。昨年、全国公募で集まった三味線の作品の中から9曲が初演され、それに既成の3曲が演奏される。初演は演奏家と作曲家の共同作業で成り立つ、心ときめくステージである。若い方々が三味線に注目し、作品を手がけてくれるのは望外の喜び。細棹から太棹、地唄三味線、はたまたコンピューターを駆使した作品まで様々な作品が並んだ。3時間近くに及ぶロングコンサートではあったが、皆さんのご苦労が身を結び、お客様も盛況で楽しんでくださったようだ。お疲れさまでした!
3月6日(土)
午前11時。松尾さん立ち会いで、「コントラストリングス」のリハーサル。コントラバスの溝入さん、少し遅れて怒って登場。「この辺の工事、もう止めてもらえな〜い!」何度も目白通りへ回避させられたらしい。「すいませ〜ん」(私が叱られることはないんだけど、、、この辺、細くて一通が多くて、いつも泣かされている)溝ちゃんはコントラバスとお手製の専用椅子を大きな車に積んでくる。それなのに私は、少々疲れが出てきて、リハーサルの集中力に欠ける。「ごめんなさ〜い、今日はボーッとしてて」「いつもじゃない!」うう〜ッ、そう言われると、、、、身も蓋もないヨ。くそっ、今日は溝ちゃんやさしくないぞ、、、。コントラバスと三味線がスリリングにかみ合う4章に向けて、明日の本番は体力を回復して備えよう。よろしくね溝ちゃん!
3月5日(金)
朝、博多のホテルで目覚める。昨日、竹内(夫)に強引に東京から連れてこられた。どうしても一緒に来い! 至上命令である。普段、あまりつき合ってあげてないので、後ろめたく「ハイハイ〜」。昨年から全国を巡っている写真展「天地(あめつち)」が福岡市内の富士フォトギャラリーで開催されている。夕べは河豚づくしをご馳走になって、おいしかった。午後、飛行機は遅れて風の強い羽田へ到着。スタジオでは明後日の三味線フェスタで演奏する佐藤昌弘作曲「変幻」組、野澤と佐知子が待っていた。基本奏法に問題あり、楽譜の読み方も緻密でない。などなど、今更、この期に及んで、、、。しかし小言を言っている場合じゃあない、私自身の松尾祐孝作曲「コントラストリングス」もやばいのだ。
3月3日(水)雛祭り
従姉妹の令子さんが助けにきてくれた。汚れたままの部屋をお掃除してくれるためだ。あれこれお願いして、地下のスタジオで今日、本番の準備。しばらく弾いていなかったため、ちょいと心配。しかし三味線は準備さえ十分であれば、演奏の50パーセントの成功率をカバーできる。あとは神頼み。今日はイイノホールでNHK邦楽技能者育成会の卒業演奏会。客演ということで石垣征山作曲「音風景」を弾く。楽屋に到着したら、メンバー全員すでに揃っていた。超満員の聴衆。緊張しながら集中して征山ワールドをトリップ。何とか無事に終えて、ホッ! まだ不思議に疲れは感じていない。時差を感じる余裕もまだなし。帰ったら部屋がきれいになっていてホントに有り難かった。またよろしくね。
3月1日(月)
4日間のニューヨーク滞在はあっという間だった。午前6時起床。朝のメールチェック、シャワーを浴びて身支度を整えチェックアウト。昨日頼んでおいたカーサービスが7:30ジャストにスタンバイしていた。マンハッタンを抜けてニュージャージーへ。運転手はよくしゃべる南米系。渋滞もなくニューアーク空港には早く到着。しかし噂通りの厳しい荷物チェック。「ノーロック?」と連呼しながら係官がスーツケースを丹念に調べていく。怪しいものは容赦なく開けられ、かき回されてシールドする。搭乗口のセキュリティーはもっと厳しい。靴は脱がされ、ヘタをすると着ているものだって脱がされそうな勢い。定刻通り飛び立った時にはなんだかぐったり疲れてしまった。でも、あの9/11を思えば、、、。貿易センタービルのないマンハッタンは、風景が一変していて方向を見失いそうだった。グランドゼロでは二度とあってはならない光景が蘇ってきて、胸が痛んだ。