2005年 1月
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1月31日(月)
北海道・帯広へ飛んできた。空港に出迎えてくれたのは、「フォトプラザ910」の工藤正志氏。竹内の北海道取材ではいつもお世話になる。特に10年前に竹内がここ、帯広で倒れたときには、本当に親身に面倒をみていただいた、命の恩人。竹内の入院中3ヶ月も夏の北海道に滞在したので、私にとっては懐かしい第二のふるさと。その時は夏、、、麦畑の青々さが甦る。がしかし、、、、今は厳冬。特に例年になく雪が多く、寒いとのこと。帯広名物の山盛りラーメンを食べて、早速、然別湖へ。凍結した雪道も四駆のジープで楽勝。夜は帯広市内で写真仲間の方々と会食。美味しいカニとホッケ、いろいろで満腹。

1月30日(日)
新年恒例の美音会お弾き初め。午前11時から夕方6時まで全26曲。37名の参加によって山田流箏曲、現代邦楽、その他いろいろ取り混ぜて競演。気楽に楽しく弾こう、と思っても、皆、真剣にプレッシャーを感じて、大緊張。アリャリャリャ〜となってしまったもの。いつもより奇跡的に上手く弾けたもの、などさまざま。レッスンにまじめに通って勉強している人は、比較的しっかりしている。やはり地道な努力が、功を奏するようだ。最後は「根引の松」生田流、山田流とにわか合奏で賑やかにお開き。終わってから新年会は目白・シャークにて。
1月26日(水)
三味線の とみおさん が、バチの直しが上がったと、持ってきてくれた。象牙のハギバチだが、弾きやすく、スクイやすいという、新しく開発された「掬いバチ」仕様で仕上げてもらった。これで劇的に上手くなるか、、、、どうか解らないけれど、試してみると、確かに弾きやすく、手、腕に負担がかからないようだ。音もいい。実用新案特許申請中だそうで、しばらくこれでいろいろな曲を弾いてみよう。バチの大きさ、厚み、重さは演奏する作品によって微妙なのだ。自分の気に入った音が出せるバチにするには、時間がかかる

1月24日(月)
昨日の吹雪が嘘のように晴れた。日の出前の山中湖から、霧が立ちこめて、上がってくる。刻々と変わる光が美しい。富士の雄姿はいつ見ても圧倒される。温泉につかって見るのも格別だ。昨日、竹内の富士山取材に同行し、定宿にしているマウント富士に宿泊した。22歳になるアシスタント、種清(タネキヨ)は根っからの関西人。生まれて初めて富士山を見て、大感激。朝食後、雪に埋まっている駐車場のボルボをかき出し、恐る恐る坂道を下った。真っ白な雪景色と眩しい太陽の中、富士五湖を巡り、竹内の仕事関係の打合せで富士市へ。夕方5時には雑踏の東京に到着。雪のひとかけらもなかった
1月22日(土)
足腰の痛みが消えず、夜中でも目が覚めるときがある。辛い、と縮こまっていても身体は堅くなるばかりだ。ストレッチをしたり、プールで水中歩行をしたり、とにかくめげずに頑張ろう。不思議と三味線を弾いている時は痛みはない、、、。2月27日に行われる現邦研主催・古典作品演奏会で「根引の松」を弾くために、暗譜を続行中ナノデ、脚がしびれるウ〜。
午後4時からは古典合奏研究のワークショップ。亀山香能さん(箏)と私(三絃)で担当。歌の節付けが多少違うので思うにまかせないが、弾く方は先月から引き続きで少しづつ様になってきたようだ。しかし古典は何度も何度も繰り返し、本番を重ねて、始めて自分の音楽になっていく。要忍耐。
1月18日(火)
午前中、年末年始の旅行などもあって、さぼっていたプールに久々に出かけた。運動不足解消の水中歩行は、いろいろなことを考えるのに最適。ゆったりと水の中を歩いている時ほど気分がよく、集中して物事が考えられる。やはり一日おきには通いたいものだ。
夕方、出版芸術社の原田社長夫妻と食事。九段のちゃんこ料理屋「成山」でご馳走になる。原田社長とは私の子どもの頃からのお付き合いで長〜い。80歳を越えた今でも、全然変わらずお元気そのもの。毎朝、尺八を吹いているせいか、仕事を続けているからか、、、、。近頃の自慢はなんと言ってもお孫さん。シンクロナイズドスイミングのオリンピックメダリスト、今度のオリンピック開催の中国へは、ご夫妻で応援に出かけるそうだ。元気元気。
1月12日(水)
午前11時、箏曲組歌会打合せ会議。今日はTAスタジオ、水漏れ防水工事のため使用できず、目白・ロイヤルホストにて参集。鳥居名美野先生をはじめ、先日の組歌会の出演者11名が出席。昨日の三味協同様、現邦研の移転にともない、「会の運営をどうするか」を討議。各自の意見を聞いて、今後どうしましょうと、昼食を取りながら意見交換。今まで同様の活動(演奏会)が円滑に行われるように、実行委員を決め、山口君を中心に事務局は洗足学園音大・現邦研内におく。また組歌講座の参加者の出演も考慮する、などなど、、、、。で、現邦研は皆さんを引き連れて、4月から溝ノ口に大移動することになる。果たしてどうなることやら、楽しみでもあり、不安でもあり、、、、。
1月11日(火)
午後3時、現代三味線音楽協会・理事会。杵屋勝芳壽理事長をはじめ、田中隆文氏、玉木宏樹氏それに私の各理事(砂崎知子氏は欠席)と監事の菅原幸生氏。それに事務局を支えている面々が出席。今年4月に現邦研が洗足学園音大に移転するのに伴い、三味協事務局をどうするか、が主な議題。三味協は今まで、現邦研におんぶにだっこ状態で、独立して事務局を持つのは無理だろうとの見解。ただしNPO法人の届け出が東京都だったので、今度は神奈川県川崎市に提出しなくてはならない。費用と手間がかかるのは仕方ないこととなった。総会の日程(3月1日)と議題(広く活動計画をつのる)を決め解散。
夜、お世話になっている中国整体の小林先生と渡辺先生が中国の琵琶を買ってきてくれた。裏に天女の象眼細工が施されていて、聴いても見ても美しい楽器だ。三味線よりずっと重く、10キロはある。持ってくるのに飛行機に乗せてもらえず、苦労したとのこと。以前から欲しかった楽器なので、メッチャ嬉しい。小林先生がつま弾いて聴かせてくれたメロディーが、いつまでも脳裏に残った。
1月10日(月)成人の日
第10期・現邦研「古典作品研究会」で「根引の松」と「尾上の松」を講習。講師は亀山香能、深海さとみの両氏。1時30分から4時まで25名が参加。2月27日に紀尾井ホールでの演奏会に向けて、勉強していこうと張り切っている。10周年記念でご祝儀ものを特集。多くの参加を期待したい。
夜は大岡山・根本先生のところで治療。旅の疲れがあるせいか、今日はお灸も熱いし、鍼も痛い。イタイイタイ・・・と悲鳴を上げても容赦なく、治療は続く、、、。旅行中もずっと腰の痛みがぬけず、辛かったが、治療していただくとぐったり。日本の冬の寒さが身にしみる夜だ。
1月8日(土)
昨日、帰国してからテレビで津波の被害者は15万人を越すと報道されている。痛ましい限りだ。海外のメディアは痛々しい屍など、容赦なくテレビ画面に映し出されるが、日本では緩やかな放映。
今月5日から開催されている、竹内の写真展「天地」の銀座キヤノンサロンへ。所長の川名氏もお休み返上で出社してきてくれている。土曜日なので銀座の街は穏やか。大きな画面で今年のキヤノンカレンダーのデジタル写真が13枚飾られていて、圧巻。夕方、中西美那子さん、佐藤仁重さんを誘って、川名氏紹介の築地のお寿司やさん「寿し大」へ。日本の味を満喫し、竹内は明日の講演会のため新潟へ。ご苦労さまデ〜ス。

1月6日(木)
タスマニア旅行、最終日。残念ながら曇り空に時折、雨。
きょうはホバートまでのロングドライブになる。早めにホテルを出発。途中、最大の鉱山の街、クイーンズタウンを通過。最近、スタローンとクイーンズタウンのあいだで、観光用の蒸気機関車を走らせていてとか、クルージングと共に人気があるそうだ。竹内がホバートのカメラ店が開いているウチに、到着したいというので、少々とばす。タスマニアでは一般道路で100キロまでOK(但し、動物を蹴飛ばさないように)。時間的余裕もあるので、ラッセル滝に寄る。ここは美しい雨林の中の素晴らしい滝。竹内に急かされ、早々に引き上げてホバートへ。カメラ店は開いていたが、欲しいものが無かったと、種ちゃんと嘆いていた。最終日のディナーはホテル上階の回転レストラン。ホバートの街と港、ヨットや夕日が眺められる。すっかり雨も上がり夕日がまぶしい。全員無事で楽しい旅も終わり。お疲れさま〜。

1月5日(水)
タスマニア西海岸・スタローンはきょうも雨。午前中は近くの美しいロング(10キロくらいはある)ビーチへ。灰色の海もなかなか雰囲気があってよい。いつも行く大砂丘Henty Duneへもいってみるが、ここは、やはりカリッと晴れた方がいい。晴れていれば真っ白の砂が目に痛いほどだ。雨模様では面白くない。スタローンの港でビールを飲みながら昼食。これからゴードン川のクルージングなので、運転はなし。6時間の船旅は飲み放題。勿論、豪華な夕食もつく。ゆっくりゆっくりと船は進み、冷蔵庫はアッという間に空。ワイン、ビール、補充しても補充しても、どんどん飲まれてしまう。我々もすっかり休暇気分。途中、小さな遺跡のある島とレインフォレストに上陸。スタローンに8時半に戻ったときには、夕日が空を染めていた。
1月4日(火)
快晴に恵まれた昨日までとうって変わって、雨模様。本日はクレイドル・マウンテンから西へ。西海岸の街スタローンへ移動。途中の幹線道路も、世界遺産の中、ゆっくり走る。だれも追い越しなどはしない、全員ゆっくり走らなければいけないのだ。いたるところに野生動物注意の標識。なんと、「ゆっくり走れ」と、手で合図している人もいる。山をくだって、昼食は鉱山の街ローズベリーでパン屋のミートパイ。見かけほど美味しくはなかったが、手作りの味が素朴でよかった。スタローンでは港が見下ろせるいつものホテル。夕食はビュッヘ形式で好きなものが自由に食べられる。ちょっと落ち着かない感じだが、ワインを飲んでしまえば、何処でも天国だ。夕闇の港の灯りがロマンチック、、、。

1月3日(月)
レモンタイムにはテレビがなく、あるのは大自然のみ。朝は鳥の声で目覚め、夜は暖炉で薪を焚く。周辺の山や湖にはほとんど人家はない。いるのは野生動物のみ。何処までも静かな自然を満喫できる。本日もここに宿泊のため、ゆっくりと、とりたてて何もない山の中を走る。タスマニアでよく見かけるのは、野焼きのあとだ。森を再生させる手段として、有効だそうだ。立ち枯れた樹木が青空に映えて、これもまた絵になる。人々は安らぎを求めて、タスマニアに旅行に来る。世界中から、またメインランド(オーストラリア本土)から、観光客も年々増えているそうだ。それにしてもゴミもなく、自然保護が徹底していることをヒシヒシと感じる。だからこそ、このタスマニアの広い地域が世界遺産になっているのだ。

1月2日(日)
朝10時30分、ホテル出発。西へ向かう。相変わらずの晴天に恵まれて、快適なドライブ。途中ワイルドパークへ寄る。ここではコアラやタスマニアン・デビル、ウオンバット、ワラビーなどの野生動物を観ることができる。いつもは車を走らせていて、道路脇に出現することもあるが、ほとんどは車にやられて倒れているのが多い。デビルは顔からしてどう猛。いつもお腹をすかしていて、餌に飛び付いてくる。歯が尖っていて、噛まれたらひとたまりもない、肉食だ。ウオンバットはゆっくりした動作でころころとしてかわいい。コアラもいいが、寝てばっかりで、面白味に欠ける。本日の宿泊は幹線道路から10キロも山の中に入った、クレイドル山中のレモンタイムロッジ。名前もいいが、一棟づつのログハウスのロッジが気に入っている。暖炉のついた広い部屋とジャグジー風呂付き。それに料理も申し分なく美味しいのだ。夕食後にはワラビー大集合で間近で楽しめる。種ちゃんはポッサムに指を思い切り噛まれた。

2005年1月1日(土)
60回目の誕生日。還暦・・・・なにやらめでたい感じ?・・・。実感沸かず、いつの間にそんなに時が経ったのだろうか、と思える。朝食後、母から誕生日プレゼントをもらう。一句添えてあり「還暦の 娘の幸を 足すマニア」、ウ〜ん、なかなか。10時出発。山間部の雨林をぬけて走る。快適なドライブ。いつまでこのような旅が出来るのだろう、、、、と思いながら、、、60歳は走る。途中、満開のラベンダーファームに寄り、むせかえるような香りに包まれる。タスマニア第二の街、ロンセストンへ。近くのいくつもあるワインヤードにちょっと寄ろうか、と車中で話が盛り上がったとたん、なんとパトカーに捕まってしまった。、、、、未だ飲んでないよ、、、、これから行こうかって、話がでただけなのに、、、。「これ吹いて、もっと強く吹いて、、」日本と同じだ。ホテルに到着後、誕生パーティーは今、旬の大きな伊勢エビと、とびきり美味しいワインでお祝いしてもらった。二次会の余力なく、絶好調のサッチャンのお誘いにのれず、ダウン。