2006年 1月
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1月30日(月)〜31日(火)
東京駅、午前8時13分発、新幹線のぞみで三重県尾鷲市に向けて出発。途中、名古屋でJR紀勢線特急に乗り換え。東京から約4時間半の長旅でようやく尾鷲市に到着。
海の博物館(鳥羽)館長で現在、世界遺産に認定された「熊野古道」センター準備室長を兼任している石原義剛氏が出迎えてくれた。竹内は昨年来、熊野古道に度々、撮影で来ているが、私は初めて。早速、建設中のセンターを訪れる。まだ土台だけしか出来ていないが、檜をふんだんに使って、天井の高い斬新な建物になりそうだ。「熊野古道」は1日や2日では到底廻りきれないほど、長く奥深い。古人が辿った熊野詣の道は美しい石畳が有名。3年前の豪雨で壊滅的な被害で道路が寸断され、孤立した集落に救援物資を運べたのは、熊野古道がビクともしないで通れたからだそうだ。険しい山道は人々の暮らしの支えにもなって今につながっている。「熊野古道」が「癒しの道」と言われるのは、参詣道だけでなく、人間の精神性に深く関わってきたからではないだろうか。「熊野古道」はまた、海の景観が素晴らしい。いくつもの入り江はそれぞれに個性があり、白い浜も美しい。この「熊野古道」を音楽にしたらどんな風になるのだろう。石原氏と別れて一人帰京する車中、夢の実現に向かって助走し始めたように思えて、なんだか嬉しかった。

1月29日(日)
箏曲美音会お弾き初め。TAスタジオにて午前11時開演「四季の富士」「寿くらべ」「初秋」「六玉川」「赤壁賦」「ジャワリ」「岡安砧」「常妙」「桜狩」「秋風曲」「乱輪舌」「都の春」「五段砧」「臼の声」「江の島」「海鳴り」「四季の調」「八段恋慕」「四季の遊び」「マカーム」「千鳥曲」全21曲。日頃の成果を熱演。終演後は目白のイタリアン「シャーク」にて新年会。

1月27日(金)
午後5時、信濃町・千日谷会堂にて財団法人・日本伝統文化振興財団理事長・藤本草氏のご母堂の告別式「藤本律子を送る会」がしめやかに行われた。会場には献花台はなく、大きく引き延ばされたモノクロの写真がたくさん飾られていた。お父上の詩人・野上彰氏と仲むつまじい母上・律子さんの、まるで映画のワンシーンにようなステキな写真の数々。その横には野上彰氏の詩が添えられていた。
「 たくさん たくさん 風が吹き たくさん たくさん 雪が降り いろんなことが ありました
たのしいことや つらいこと ちょっぴり かなしい思い出も
女の生命の 山坂を 女の生命の 曲り角 いくども通って いくたびに つい誘われて 
より道を しようとした日も ありました
はかない言葉を 投げあって はかない仕草に 泣きぬれて ひとりぼっちの 日もあった
追いつめられて つきつめた 恐ろしい夜も ありました 〜〜〜〜 」と続く・・・
藤本理事長の母上に対する愛が伝わってくる演出で、女の一生を考えさせられた「お別れの会」。
安らかに・・・ご冥福をお祈り申し上げます。
1月26日(木)
午前10時、銀座富士フォトサロンへ。以前、TAオフィスでアシスタントをしていた清水哲朗の写真展最終日。早朝だというのに本人が受付にいた。偉い! やはり若い写真家は努力と礼儀が、大切な要素だと思う。清水君はモンゴルのストリートチルドレンを撮っていて、最近、名取洋之助賞を受賞した。毎年数回モンゴルへ通って、なかなかの努力家。奥さんは現代邦楽研究所出身の箏曲家。
午後1時、TAオフィスにて新人アシスタントの面接。竹内と現在のスタッフに加えて、歴代のアシスタント先輩達が、集まってきてくれて、面接をする。事務所内での仕事やアシスタントの心構えなど、細かくアドバイスし、指導してくれるのである。今回は古市智之、井村淳、榎元俊介、福田健太郎。いずれもフリーカメラマンで頑張っている面々。福田君は夕方の便で成田からグアテマラヘ出発するそうだ。困ったときにはいつでも集まって来てくれる、頼もしく誇らしい、若手写真家たちなのだ。
1月23日(月)
昨日から病後の静養を兼ねて、ホテル・マウント富士に来ている。大雪の直後だけに、白く美しい風景が山中湖畔を一層、魅力的に引き立てている。富士山は勿論、どの角度から見ても真っ白だった。夕闇に沈み立つ富士。明け方の幻想的な富士。富士山はいつでも大らかに人の心を包み、癒してくれる、不思議な山だ。たっぷり温泉も満喫し、帰りは箱根から伊豆に抜け、お魚をお腹いっぱい食べて帰京。これで明日から通
常通りの生活に戻る、自信がついた。贅肉もついた!
1月16日(月)〜21日(土)
温かくしておとなしく寝ているしかない。ダンナに感染しないように細心の注意をはらいつつ療養。それにしてもタミフルの威力はすごい。徐々に熱が下がって身体が楽になってくる。今週、予定していた運転免許、国際免許の更新も、洗足音大の学年末試験も、教授会も、レッスンも、組歌講座もすべて欠席だ。食欲はイマイチなのに、ちっとも痩せてこないのは、ヒジョーに不愉快。携帯メールやパソコンメールが孤立したインフルエンザ患者を救ってくれる。テレビも普段よりずっと賑やかな報道が続いている。ライブドアショック、耐震強度偽装証人喚問、最高裁死刑判決、豪雪被害、ロシア大寒波、etc. etc. 毎日、監禁状態でも飽きることはなかった。v(^^)v
1月15日(日)
二日酔いするほど飲んではいなかったのに、朝から喉が痛く、熱っぽい。風邪かしら・・・。本日は洗足音大・現代邦楽研究所の「コンサート&講評会」。1年の締めくくりなので休むわけにはいかない。身体を温かくして、事故を起こさないよう慎重に運転。やっと溝の口の洗足音大に到着。頭も身体の節々も猛烈に痛くなって最悪の状態。皆はそれぞれ思い思いの衣装(黒で統一、和服で決めてる、インド風で・・・等々)で出番を待っている。
1.藤井凡大作曲「無意味な序曲」
2.沢井忠夫作曲「箏四重奏」
3.藤井凡大作曲「2種の三絃のためのソナタ」
4.中能島欣一作曲「三絃協奏曲」
それぞれのアンサンブルは詰めが甘く、音程(ピッチ)、リズム、拍の合わせもバラツキがある。特に私が気になるのは音色感。音色の統一を目指せばおのずといいアンサンブルが生まれるだろうに・・・。それにしても身体がしんどい。やっとの思いで目白へ帰宅。夕方、どんどん熱が上がって39度越えた。国立国際医療センター(救急外来)へ。なななんと!インフルエンザA型と診断。タミフルと解熱剤5日間投与とのこと。あ〜あこれでお仕舞いだ。寝てるしかない。
1月14日(土)
昨夜、主治医の近藤先生と相談し、竹内の新潟行きなどはキャンセルすることになった。おとなしくしててもらう。外は低気圧で、雨も強く最悪な天気だ。しかし以前から約束の新年会、目白「田のじ」は決行される。本日のメンバーは異色の顔ぶれだ。スーパーマジック治療を施す音楽プロデューサーの野間哲郎氏、予備校で大人気のカリスマ講師・福崎伍郎氏、ニューヨークから帰国中の作曲家・鳥養潮さん、今年7月に結婚することになった箏奏者・吉原佐知子の面々。本日のメインテーマは「サッチャンの婚約を考え直そう」なのだが、話はどんどん、あれよあれよと変化し、飛んでいく。行司役の野間先生がさすがにうまく軌道修正。こんなにバラバラなメンバーでも、美味しいお酒とおでんがあれば、いいコミュニケーションが生まれる。治療していただくために野間先生と、先に帰らせてもらったが、実に楽しい新年会は閉店まで続いたそうだ。
1月12日(木)
午前5時半起床。コーヒーを飲みながらメールチェック。年明けからまだそれほど忙しくなく順調。シャワーを浴びて7時過ぎに愛車ウインダムで洗足音大へ。9時からの教授部会代表者会議。首都高、竹橋の合流でいつもより少しだけ渋滞だった。左斜線を十分注意して・・・いや、したつもりで進んだ。その時! 目の前に2トントラックが立ちはだかっていた。ナナナ、ナンナノ!!・・・悪いのは私だ。気が付くまでヒマがかかったが、左側のミラーがちょっと傾いていた。それだけで済んだのは幸運。
でもトラックの運ちゃん降りてきて「あ〜あ、ごめんなさい!どうしよう・・・こわい」。意外にも「大丈夫ですか?」の言葉はやさしかった。気を取り直してハンドルをにぎり直す。遅刻もせずに会議にはセーフ。この一件を忘れるほどの会議内容でいつもながら充実。その後は平穏無事な一日だった。
1月7日(土)
土曜日の首都高は比較的スイスイと走れて気持ちがよい。先日、送られてきた野沢徹也の新CDを聴く。「三絃 野澤徹也 3」と題された中に三味線協奏曲など5作品が収められている。昨年から立て続けのCD作品の発表で、どれも力が入っていてインパクトのある演奏だ。特に印象深く聴けたのは杵屋正邦作曲「浮拍子」(助演:山本普乃、上原潤之助)、長澤勝俊作曲「三味線協奏曲」(助演:日本音楽集団若手メンバー)だった。広島で2夜連続コンサートや各地でのライブなど、野沢徹也の活躍著しく、嬉しい限りだ。思い切りどんどんやってもらいたい。
午後4時過ぎから 洗足音大・現邦研、邦楽コースの始めての講師会。昨年4月からの授業や講座など振り返っての反省と次年度の予定計画などを確認。森重行敏先生、石垣清美先生など6名が出席。
1月6日(金)
午前10時、国立国際医療センター院長・近藤達也先生(脳外科)の特別診察。昨年末の竹内のCTスキャンを見て、肝を冷やしていた。もうちょっと出血が広がっていたら、おそらく半身マヒ、言語障害など、重い後遺障害で苦しめられたろう、とのこと。ホントにラッキーで強運だった。今は音声もそれほど不鮮明ではない。少し記憶が曖昧になったり、はあるにせよ。私と比べても大差ないほどだ。とにかくゆっくり休んで、健康的な食事を心がけることにする。しかし本人の自覚はほとんどゼロ。私の制御の及ばない範囲で、彼は生きている。
午後6時すぎ成城学園前の「藤」へ。玉木事務所のスタッフ神田さんの誕生会兼新年会。久々に玉木とみ子夫人も交えて、とにかく賑やかな夫婦のバトルを見せつけられた。途中から山本普乃も加わり大いに飲んでタクシーでご帰還。なんてひどい女房・・・我ながら呆れつつスイマセン・・・z zzz
1月4日(水) 流星群見られず
昨日からまた富士山、ホテルマウント富士に来ている。3日前に来たときにはなかった雪が白く覆って、湖上は凍っていた。届いていた年賀状の中に嬉しい便りがあった。
神戸の観世流能楽師・佐伯紀久子が昨年の文化庁芸術祭大賞を受賞していたとのこと。
「おめでとう!」の電話の向こうで喜々とした声が弾んでいた。芸大時代から妹のように付き合ってきたので、私も自分のことのように嬉しく「お祝いに行くよ」と約束した。男が表舞台の能楽の世界で、父上からの継承とはいえ快挙。やはり女の時代だろうか。
1月2日(月)
曇天の空から、ついに降り出した雨。恵比寿ガーデンプレイス・東京都写真美術館へ。
「日本の子ども 60年」様々な世相を反映した子どもの姿が、当時の自分とオーバーラップして思い出され、しばし歩みが止まる。はな垂れ小僧が元気に暴れ回って遊んでいた50年前。今では、外で遊ぶ子どもの姿は見かけなくなった。子どもが子どもらしく生きた時代に私も居た。貧しさから豊かさへ、変貌する日本。本日の夕食は早稲田リガロイヤルホテル「レストラン・ガーデン」満足する美味しいフレンチフルコースだ。飽食、これじゃあ〜痩せられませんね〜。 
1月1日(日)元旦
昨日までの晴れが嘘のようにどんよりと曇っている。例年ならば、海外のどこかで迎える誕生日。今年は股関節の痛みもあり不安材料が他にもあって、日本で大人しくしていることになった。午後1時、パークハイアット40階、日本料理「梢」でお正月と61回目の誕生日を祝う。元気な母と、少々塩梅悪く、お酒の飲めない竹内と3人。
夕方、新宿で映画「SAYURI」を観た。女の情念と業の深さが迫力のある映像で美しく迫ってくる。日本を題材にした音楽で、三味線や尺八を多用しているけれど、湿っぽくなくていい。主役の芸者も熱演だったが、桃井かおりの底意地の悪い置屋の女将(セリフは全部英語)が絶品。私の好きな工藤由貴も好演。細面の美女たちを観た後では、鏡の中の自分の丸顔にうんざり。今年は痩せるぞー。