2010年 6月
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2006年以来、4年ぶりに「しゃみババ日記」を再開することになった。その間、実に様々なことがあった・・・自分の身体の異変と大手術のみならず、ダンナ(竹内敏信)の大病、その後遺症を抱えて、24時間介護の毎日。語れば尽きないが、ほとんど愚痴になりそうなのでやめておこう。

6月29日(火)
今日も相当蒸し暑い。朝から慌ただしく、アースサポートの訪問入浴が終わって、給湯器の交換、エアコンフィルターの清掃、外れた網戸の修理などなど。老朽化したマンションの手入れは何事も大変だ。また火曜日は従姉妹の令子さんがお掃除に来てくれる日。竹内も居所がなく落ち着かず、早々にTAオフィスに行ってもらうことにした。お昼にはTAオフィスで合流し、昼食を一緒にしたが、8月の個展の為の作品最終セレクトに、神経を集中していてピリピリしている様子が手に取るように判る。
夕方、私が理事長を務めるNPO法人現代三味線音楽協会のシンポジウムで阿佐ヶ谷邦楽ホールへ。テーマは「明日にかける三味線」。パネラー/玉木宏樹(作曲家、ヴァイオリン)、常磐津文字兵衛(常磐津三味線)、マーティン・リーガン(作曲家)、ケヴィン・メッツ(津軽三味線)、大瀧進一郎(邦楽器卸メーカー)、司会/田中隆文(邦楽ジャーナル編集長)の面々。三味線の魅力、その将来性、海外での評価、これからの展望など、魅力あふれる話がそれぞれの立場から有意義に盛り上がり、予定の時間を大幅にすぎて終了。本日は昨日と違ってハッピーな夜になった。


6月28日(月)
相変わらずの暑さが続いている。
午前10時、初台リハビリ病院は中村に付き添ってもらうことにして、私は美音会のお祝返しの手配のため、西武デパートへ。ついでに一ヶ月以上前に頼んでおいた「イッセイミヤケ」の黒のパンツを取りに寄る。ストレッチ素材で、履きやすく正座しても皺にならず、型くずれしないので重宝している。三味線を弾く我々にとってズボンの素材はかなり重要なポイントである。
夕方、洗足音大へ。本日は「大学院コンチェルトの夕べ」に出演出来るかどうかのオーディション審査。和楽器として参加したのは、大学院2年の箏:石橋侑佳/肥後一郎作曲「箏と弦楽合奏のための一章」。和太鼓:千代園剛/松下功作曲「和太鼓協奏曲<飛天遊>」。ほかにはギター、ヴァイオリン、ヴィオラ4名で計8名。審査員は私を含めて10名。結果は残念ながら、和楽器は得点に至らず、ヴィオラ1名が通過。私としては和楽器もかなり健闘していたので高得点をつけたのだが、洋楽の審査員の先生が「邦楽は判らない」と仰っていたのでがっかり。私にも「先生だってヴァイオリンとヴィオラ、どっちがいいか判らないでしょう〜」と。。。「そ、そんなことは・・・ないです。判ります!」と言えずに内心憤慨して帰って来たが、邦楽に対する偏見と差別が見え隠れする残念な事態だ。邦楽専攻の学生たちを偏見や差別から守るのは我々教員の役目だと思う。私のやってきた活動の原点はここにあると言っても言い過ぎではない。まず封建社会との決別、それに加え,邦楽に対する偏見や差別をのり超えること、だった。様々なことを思い出し、すっきりしない蒸し暑い夜になった。


6月26日(土)
相変わらず暑い日が続いている。むし暑さで動くと汗がじっとりしてイヤな感じだ。それで冷房を付けると冷えて寒い。このところ冷房病のようで鈍く関節が痛むし、頭は痛いし体調不良である。しかし事務所(TAオフィス)のデスク上は先月末(美音会の日)から、溜まりにたまった領収書や請求書、その他の書類が散乱している。昨日から片付け始めているが、いっこうに減らない。事務所内のアチラこちらの汚れも気になる。仕方がないので少しづつ処理して行くことに。まず昨日は、ダンナの部屋の片付けと掃除。郵便物や贈られてきた本、送られて来た雑誌など整理しながら、掃除機をかけ、雑巾で汚れを拭いた。お陰で今日は腰がかなり痛い。本日はテンプレートを噛みながらの掃除。夕方、何とかメドがついて来た。ゴミのような書類の束はなくなり、机の上はこれで仕事ができる状態になった。すっきりしたところで今日はもうヤメにしよう。夜も、寝ている時もテンプレートを噛み続けて・・・おやすみなさい〜。


6月23日(水)
朝から雨。周囲が静かなせいか雨音がよく聞こえる。里山に降る雨の音。木々の葉や瓦屋根、土草の地面に降る雨の音はとても日本的だと思う。子供の頃に聞いた懐かしい音だ。朝食後、歓待してくれた弟夫妻と別れて、山道を奥三河、東栄町へ向かう。曲がりくねった登り下りの山道に、慣れない中村の運転は危なっかしい。途中、私が替わって運転。ボルボは私のトヨタ・ウインダムに比べて運転しにくいけれど、ハラハラドキドキするよりはマシ。お昼近く、花祭りの里、設楽群東栄町御園に到着。ここは「花祭り」という民俗芸能で有名。30年ほど前、それまで何度も通って撮影した竹内は写真集「花祭り」を出版。その時の主役が尾林克時氏。赤い鬼の面を付けて、笛と太鼓で「テーホヘ、ヘホヘ、てーほへ、へほへ」のカケ声に合わせて一晩中舞う。「眠い、煙い、寒い」の3ムイ祭り(冗談)とも言うのだそうだ。尾林氏の出迎えを受け、息子さんが打った美味しいお蕎麦をご馳走になる。
午後は、小学校の廃校を改装した「花祭りの館」へ。1階には「花祭り」の神事に使われるいろいろなものが展示され、竹内の「花祭り」のモノクロ作品も常設されている。2階は竹内敏信「大欧羅巴」写真展。近くの集落から皆さんが集まって下さって、名古屋から仲間を連れて来てくれた山口典利くんも加わり、楽しいひとときを過ごした。
帰りは中村の運転で、中央道で一気に東京へ。それでも10時に目白到着。昨日、今日と楽しい愛知の旅は無事終了。大変お疲れさまでした!


6月22日(火)
午前9時20分東京駅発のぞみ217号で名古屋まで乗車。今回の目的は愛知の竹内の実家(弟夫妻が家業を継いでいる)に行き、お墓参りをすること。もう一つは「車椅子でのぞみ700系に乗る」こと。3年ぶりの新幹線は結構わくわくする。東京駅の改札では駅員さんが車椅子を押し、先導してホームへ、車内の車椅子用個室まで案内してくれた。動き出した700系はかなり速い。横揺れがないので快適な乗り心地だ。竹内も嬉しそうにずっと窓の外を見て楽しんでいた。11時3分名古屋着。ホームには名古屋在住カメラマン山口典利くんが待っていてくれた。愛知県額田群額田町宮崎(現、岡崎市)へ。途中昼食をして2時ごろ竹内組(土建業)に到着。早速、弟夫妻が歓迎してくれた。1年ぶりの再会。東京の目白を同時に出発したアシスタント中村のボルボもすぐに到着。一息ついて、近くの竹内家のお墓へ。周辺の山間の美しい緑を撮影。夕方、姉達や妹が来て、久々に兄弟姉妹が集まって会食。賑やかな会話は尽きない。一人っ子の私としては羨ましい光景だ。夜、酔ってご機嫌の弟と、家の前の川で蛍を鑑賞。幻のような光にうっとり。昨日、NHKで録音したばかりの山田流箏曲「夏の詠」の歌詞が浮かんできた「♪〜をしむかひなき夏虫の〜光を袖につつまれず〜ひとりこがるるうかひ舟♪〜」

6月21日(月)
夏至/竹内敏信67歳の誕生日
朝から少々焦り気味。洗濯物が山のようにたまっていて、処理能力が追いついていない。このところかなりむし暑いので着替えが頻繁だからである。頭の中では「千鳥の曲」「夏の詠」の部分的箇所が気になってグルグルしている。早く落ち着いて箏の前に座りたいのだが、植木に水をやらないといけないし・・・キッチンの洗い物もしないといけないし・・・アタフタ。やっと箏の前に落ち着いたのは、11時近く。もう時間がない! 12時過ぎには箏運びのお手伝いの浅野藍が来る。 シャワーを浴びて、化粧をして、身支度をして・・・「ピンポ〜ン、浅野です」。
午後2時からNHK509スタ「邦楽のひととき」録音。本日のディレクターは元NHKの下田氏。ごくまれに助っ人に入られるとかで、懐かしい顔。「夏の詠」箏:西潟昭子、橋本芳子 三絃:玉木陽子 全員弾き歌い。もちろん完全無欠ではないけれど、本番1回でOK。
「千鳥の曲」箏替手:西潟昭子、箏本手:橋本芳子、尺八:山口賢治。テイク1、ミスあり、後半の後唄のみ録り直してOK。お疲れ様でした!終了後、1階の食堂でお茶して雑談・・・とはいかず、しばらくは放心状態で一同ぐったり。放送は7月12日(月)11時〜NHK・FM。
午後5時半から日比谷公園内グリーンプラザにて、双葉社刊「竹内敏信/心で撮る風景写真」(DVD付き)の出版記念会を含むなんだかおめでたい催しに参加。なぜかこの本には私のプロフィールが巻末に載っているのだ。付録のDVDには私も登場し、BGMには玉木宏樹作曲、三味線二重奏「ジャワリ」の一部が使われている。恥ずかしいような、くすぐったいような不思議な気持ちで、竹内共々皆さまにご挨拶。急ぎ帰宅して食事、朝からの洗濯物の後片付けをして、かなり疲労困憊。


6月18日(金)
1週間で最も忙しい金曜日の始まり。
朝8時半、竹内と共に出発、初台リハビリテーション病院へ。午前中、診察を含め3時限のメニュー(理学療法、言語療法、作業療法)。それぞれベテランの療法士がついて、たっぷり40分づつ訓練をする。ここでは毎週顔を合わせる患者さんや付き添いのご家族とおしゃべりをする。皆それぞれに苦労を背負って頑張っている。愚痴を言ったり励まされたり、他人には判らないことを言い合って、お互いに元気をもらう。
午後、TAスタジオにて、来週月曜日のNHK/FM番組の録音のリハーサル。
今回は「夏の詠」「千鳥の曲」の2曲。「夏の詠」は江戸前の雰囲気で粋に演奏したいのだが・・・課題は残る。「千鳥」は急遽、尺八に加わってもらい、ギクシャクした感じが改善されたと思う。どちらにしても理想的に演奏するのには、練習不足だ。不満が残らないよう明日,明後日にかけて、研究しよう。
夕方、新宿三曲連盟鑑賞会「日本音楽の響き〜古典から現代へ〜」牛込箪笥町区民ホールへ。洗足音大の学生と現代邦楽研究所の有志らが出演し、石垣征山作曲「和の韻」を演奏。雨あしが強いわりにはお客様も、まあまあの入り。今井慶松作曲「水の曲」には母も出演、92歳は現役で頑張っている。私は少し風邪気味なので、早めに帰宅。65歳は軟弱だ〜。


6月15日(水)
午前中、竹内の自主トレーニングに付き合う。半身麻痺でもなるべく身体を動かすように、カケ声をかけて促す。暑いので、号令をかけているだけでも汗びっしょり。
午後から銀座へ。8月13日(金)〜19日(木)に開催予定の竹内敏信写真展の打ち合せ。銀座ファイブの2階にある「フレームマンフォトエキシビションサロン銀座」という長〜い名前の新しいギャラリー。ここはその昔、私の若かりし頃には「数寄屋橋ショッピングセンター」と言っていた。堀のような川を埋め立てて1957年に建てられた2階建てのファッションビル。その上には首都高と間違えられそうな東京高速道路という対面式の高速道路がある。何しろ古い建物なのでエレベーターはなく、荷物専用さえないのだ。竹内には誠に不便なところである。ビルの管理会社のガードマンがついてエスカレーターを止め、車椅子ごと2階に上がる。帰りはエスカレーターを逆行させて降りる。(安全にお願いしま〜す)
夕方、TAスタジオにて、来週NHK録音のリハーサル。唄と箏:橋本芳子に加え、三絃担当の玉木陽子(新婚)がチェロ奏者で米国在住のダンナさまを連れて来た。今度、二人で行うライブでアメリカの作曲家ルー・ハリソンのソロ曲を1章づつ、チェロと三絃で交互に演奏するそうだ。チェロに比べ三味線の音が貧弱にならないよう、いろいろと工夫が必要だ。中々興味深い試みだと思うが、こういうことは様々に研究を重ね遂行することが大切だと思う。加えて新しい試みの楽しさも味わえるだろう。

6月13日(日)
昼食後、ボルボに簡易スロープと電動車椅子を積んで洗足音大へ向かう。本日はウラジミル・アシュケナージの名誉客員教授就任披露式典と演奏会が前田ホールであるのだ。邦楽ばかりでなく、たまにはクラシックのオーケストラの生演奏を竹内に聴かせたかったからだ。大学に近づくと人々がゾロゾロと歩いている。無料で特別な演奏会へ、たくさんの人々が集まって来ている。
残念なことに前田ホールにはスロープがなく、どこも階段、段差をクリアーしなければ中には入れない。そこで、持参した簡易スロープの出番。力持ちのアシスタント中村が電動車椅子を持ち上げながら、やっと入場。すでに満席状態の前田ホール。ステージには紫陽花の花がアレンジされて、華やかな雰囲気を盛り上げている。はじめは洗足音大の芸術監督で教授の秋山和慶指揮ベートーベン/交響曲第9番「合唱付き」第4楽章。演奏は洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団。式典の後、いよいよアシュケナージ登場。ショスタコービッチ「祝典序曲作品96」。柔らかみのあるふくよかな音で私たちを包み込んでくれた。ロシアのスターリン体制からの解放を密かに祝ったのであろうことがうかがわれる作品だ。演奏会終わって、中庭でアシュケナージ夫妻に遭遇。河地学部学科長のご紹介でマエストロと握手を交わした。暖かみのある人柄にふれて、感激!
帰り道、二子玉川の高島屋で優雅な日曜の午後のお茶とケーキを楽しむ。中津原と中村、二人のアシスタントもご機嫌! その後、なぜか新車を購入することに決定。先日、傷ついたウインダムから新型プリウスに変えることに・・・優雅な一日は予想外の展開で終わる。
6月9日(水)
曇天の空を見上げながら、ロードリックたち一行と富士山へ。「今日は富士山はみられないだろうなあ~」ボルボとウインダム2台の車は中央道を走る。賑やかな車内。談合坂サービスエリアではじめて皆で顔を合わせて挨拶。竹内はいいところを見せようと、いつもは車椅子を使うのに、杖歩行で歩く。焼きたての「あんぱん」が皆の顔をほころばせる。
さすがに涼しい山中湖を半周して、半分しか見えない富士山を撮影。ホテル・マウント富士の会席昼食に一同大感激。今回の旅行で一番のごちそうだそうだ。昼食後、オランダ人一行は温泉へ。竹内とアシスタント、私は、近場の花々を撮影。一時間後リフレッシュしたオランダ人たち。少々のぼせ気味か・・・。夕方、富士の五合目へ。雲間から残雪の富士が顔を出した劇的一瞬。ドラマチックなシーンに何度もシャッターを切るロードリック一行と竹内敏信。案内して来て本当に良かった。真っ平らな国オランダからの客人を、今日も最高のもてなしが出来た。
東京に戻り、TAオフィスにある約2千台のカメラコレクションを見せる得意な竹内。今回、彼らからのお土産の航空写真用のアメリカ製の古いカメラもすでに飾ってある。ちょっと遅い夕食は「寿司よし」さんの特上にぎり寿司。これにも大満足のロードリックたちとの楽しい一日は終わった。
6月7日(月)
オランダから30年来の友人ロードリック・ド・ムンク氏が3人の友人と共に日本へやってきた。10日間の滞在中、日本の文化を楽しみ、余すことなく吸収して帰る。本日、彼ら一行を歓迎して我がスタジオで「日本の調べ」コンサートを催すことにした。口コミで友人知人50名ほどが集まり、飲み物軽食付きで楽しめるコンサートになった。出演は吉原佐知子(箏)、山口賢治(尺八)、浅野藍(三絃)それに私。しかも箏の名手・福永千恵子さん(何度もヨーロッパ公演で一緒にロードリック邸に泊まった)、ヴァイオリンの玉木宏樹氏(ちょっとわがままを言って来ていただいた)と豪華な顔ぶれの飛び入りもあり、贅沢なコンサートだ。「讃歌」「新娘道成寺」「盤渉調」「銀河」「阿字観」「いちめんの菜の花」それにロードリックの「飛躍」「春興」などなど。古典から現代まで、大いに盛り上がってロードリックは大興奮。忘れられない一夜になったことだろう。久しぶりに会って話をしていたら、私もまたオランダへ行きたくなった。アーネムの森を散歩したり、運河沿いのカフェでパンケーキを食べたり、教会の鐘や、石畳に響く足音、海辺の人々のざわめき。ロードリック邸に滞在した日々、たくさんの楽しい思い出がある。今日は少しでもお返しが出来ただろうか・・・。
6月5日(土)
午前中、小石川後楽園の庭園に出向く。花菖蒲の美しい時期になった。園内には車椅子用の遊歩道があり、草むらの花々や、梢の葉っぱなどを撮影。菖蒲は3分5分咲き。若々しく凛として清々しい装いで、楽しませてくれた。帰りに雑司ヶ谷の「大村庵」で久々(竹内の病気後はじめて)の「きしめん」昼食。出前の「きしめん」と違って、出来立てのウマさに感激。ご主人も歓迎してくれて嬉しかった。
午後は新宿にて玉木宏樹氏の「贋作・盗作音楽夜話」出版記念会。たくさんの人々が集い,水野佐知香さんのヴァイオリンや吉原佐知子の箏の演奏もあり、賑やかなパーティーだった。毎度のことだが、司会者そっちのけで仕切る玉木氏。ヴァイオリンも口上もビールの泡と共に絶好調。
夕方、TAスタジオにて、明後日に行われる「日本の調べ」コンサートの準備に追われる。少々バテ気味。
6月3日(木)
午前中、洗足学園音楽大学にて会議「自己点検・評価委員会」今年度1回目。この委員会は,学校教育法に基づく教育、研究の向上のため、教育、研究,施設など,大学自らが点検、評価を行うための組織である。万代学長を委員長として、約25名ほどの教授会メンバーが集まり、この委員会の規定などを確認。
昼食後、レッスン。現在、三味線専攻の学生は2名。意気盛んな頼もしい学生達である。将来、必ずや三味線音楽を担う演奏家になるだろう。気合いを入れて、それぞれ50分のレッスン。
夕方、ビクタースタジオにて「三橋貴風氏の受賞を祝う会」の打ち合せ。三橋氏は昨年度芸術祭大賞と芸術選奨をダブル受賞。来る8月8日にお祝の会を催す予定。(財)日本伝統文化振興財団理事長の藤本草氏と三橋氏と私の3人でいろいろと相談。三橋氏の今日に至る歴史物語も拝聴。まさに「人に歴史有り」の感。今日の「三橋貴風」のルーツを知り、興味深かった。
2010年5月30日
第54回美音会演奏会が無事終わった。天気予報は雨だったが、「晴れ女」の母(西潟美溪)の威力で、しのぎやすく涼しいお天気に恵まれた一日となった。今年92歳になる母を筆頭に、老いも若きもそれぞれに頑張って全27曲を演奏。猛練習してよい結果が出たもの、残念な結果に落ち込んだもの、思いはいろいろあるだろうが、この舞台経験は、きっとこれからに繋がっていく。みんなも、そして私も成長するに違いない。そう信じて進もう! 来年は第55回という節目の演奏会になる。記念の会をどうするか、思案中。聴きにいらして下さったお客樣方、本当にありがとうございました。